結婚の条件は何?

『結婚の条件』という本を書いたあと、本を読んだ女性から受けた質問の中で一番多かったのは、「面白いギャグを言う女性はなぜ男性から結婚の対象としては選ばれないのでしょうね?」という質問だった。

みな当事者である。本気で質問している人もいたが、多くは知らないふりをして言っているだけのようである。女性の中には、格別に意識の量の多い女性がいる。

面白いギャグを言わない女性の意識の量が少ないというわけではない。ギャグを言、っ女性は、状況への違和感を即座に軽妙に表現する能力を持っていて、それを持て余すことはあっても、矯正しようなどとは思っていないのである。その上で、「そういう女性はなぜ選ばれないのでしょうね?」などと聞くのだから、これは質問ではない。

「男性は、ギャグを聞いて笑う女性しか選ばないですね?」という男性に対する諦めだと捉えなければならない。「フランスでもそうですから」と、私は答える。日本人男性だけが意識過剰・表現過剰な女性を避けているわけではない。

フランス人男性は、機知に富み、痛烈な皮肉で人を笑わせ、政治問題についても対等に議論できるような女性には、友人の椅子をあてがい、妻の座には座らせない。妻の座にふさわしいおとなしい女性は旧植民地の中にしか、もう存在しないという。ギャグは攻撃である。男性は心を許した女性からの攻撃にはどこまでも弱い。

「私はあなたを絶対に攻撃しません」という信号を出している女性でないと性的欲望が喚起しない。「可哀想とは、惚れたってことよ」と、夏目激石が訳したように、男性の中には自分より「低」の女性を庇護することを愛情だと思っている人が相当数いる。自分より「低」の女性で、しかし女性偏差値は「高」であってほしいのだから、結婚相談所の数は限られてくる。

料理の後片付けは、反復性そのものが持つ空虚の象徴である。片づけられないというのも、今いる空間ではなく、時間を受け入れられないから起こるのだと思う。片づけられない人は時間を断片的に生きている。言い換えると、現在時間だけを生きている。

毎日料理をすることが恐怖であると言った人には、永遠のものはないことを認めることが恐怖であるのだろう。「日常性」というものに自分はどこまで耐えられるか、女性は男性よりもずっと早い時期から意識をしている。

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